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越後国 国分寺の謎に迫る 「本長者原廃寺跡」発掘調査報告会

越後国 国分寺の謎に迫る 「本長者原廃寺跡」発掘調査報告会

謎が謎を呼ぶ⁉

奈良時代から平安時代にかけて、聖武天皇の命令で、全国に建立された「国分寺」。奈良時代当初、現在の上越市のどこに国分寺があったのかは分かっていません。この謎を解明する手がかりになるかもしれない建物の跡が、上越市で発見されました。

これは、1日に開かれた本長者原の寺の跡の発掘調査の報告会で明らかになりました。発掘調査が行われた上越市三郷地区の本長者原には、過去の調査で巨大な礎石だけが遺る寺が存在していたことがわかり、奈良時代の国分寺の有力な候補地とされてきました。

これまで広い範囲で調査を行うことはできませんでしたが、ほ場整備計画により一昨年から事前の発掘調査が行われています。
報告会でははじめに、上越教育大学の川村知行名誉教授が、奈良時代に越後国に建てられたと推定される国分寺について紹介し、平安時代ごろに五智の岩殿山に移され、戦国時代の1562年に上杉謙信が現在の五智国分寺に再興したとみられると説明しました。

上越教育大学 川村知行 名誉教授
「上杉謙信33歳。桶狭間の戦いのころ国分寺再興という文化事業をしている」

続いて、本長者原の発掘調査にあたった元県文化財保護指導委員の小島幸雄さんや市の職員がおととしから始めた、発掘調査の中間報告をしました。

調査では建物が沈まないよう、柱の下に土台として石を敷き詰めた跡が等間隔で次々とみつかりました。

この跡から大きな建物が2つあったことがわかりました。建物跡のひとつは東西におよそ80メートルあります。


上越市文化行政課 湯尾和弘 主任
「今回の調査で1番多く遺物が出ているところ。平瓦。こういったものが出土している。奈良時代のもの」

調査を指導する國學院大學の青木敬教授によりますと、これらの巨大な建物跡はその規模から、奈良時代、国が建設する規模の寺院だったと考えられるということです。

國學院大學史学科 青木敬 教授
「これほどの格式と規模の建物。奈良時代の後半 末。国分寺以外は考えられない。越後国分寺である可能性がかなり高い」

会場には市内外から歴史ファンなどおよそ550人が訪れ、報告を興味深そうに聞いていました。


新潟市から
「前から国分寺跡の話に興味があった。今回話が聞けてうれしい」

地元から
「国分寺が見つかりつつあると思って喜んで聞いている。昔の人はよくやったなと思っている。これだけのことを聞かせてもらい、来て良かった」

本長者原の調査場所は現在田んぼとして使われています。市では今後、コメの作付前と収穫後に同じ場所で詳しい調査をすることにしています。

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